コンディショニング・スイーツ チーズケーキ・HA-RU(はる)“美味しい”と“ヘルシー”の極上バランス



商品開発物語

コンディショニング・フードへの道

出発点は「永久に住むところ」づくり。

ある経営者団体の会合で3人の男が意気投合した、佐渡宏樹、西村信(故人)、濱田輝男(故人)。

彼らは、常々「東京景気に頼らざるを得ない北海道経済に不満を感じていた」と同時に、「日本のお荷物」といわれることに北海道人としてのプライドが傷ついていた。

この日から、「北海道の自立」が3人のテーマとなった。

自立することが、この北海道の“永久に住むところ”としての価値づくりである。この地に生まれ、ここで安心して子を産み・育て、満足して死ねる故郷づくり、これが一致した想いであった。

虚弱体質、北海道で成功することの不安

西村はこのとき、札幌中心街のビルの地下に人気のケーキ店舗を構え、ヒット商品も出していた。濱田は養鶏業で、こちらも話題の卵をヒットさせるなど業績は至って好調であった。

一方の佐渡宏樹は通信機販売業で時流に乗り、しかも堅実に事業展開を図っていた。いわゆる鼻息の荒い3人であったことには違いない。しかし、「これもいつかは無に帰するかもしれない」という、北海道経済の弱体さから、成功にも不安を感じながら模索を続ける毎日が続いた。

命をかけた正面突破

はじめに動いたのは濱田輝男であった。それは、航空事業への殴りこみだった。もちろん、佐渡、西村は濱田を支える強力な助っ人となった。そして、航空運賃の不公平さに日頃から不満を持っていた北海道の経営者からも多くの支持を得た。

しかし並大抵でなかった。就航までの苦難の道は筆舌に尽くしがたいほど濱田の精神を憔悴させた。

なんとか“卵の殻”を破った航空事業であったが、当の濱田は事業の立上げを確認すると、羽を休めるようにこの世を去った。

第一号、バイオベンチャー設立

その頃佐渡は、以前から取り組んでいた地元大学との共同プロジェクトの目処がたち、ようやく産声をあげようとしていた。さらに行政の支援も受け、産学官のプログラムとして日の目を見るに至った。それは小さいながら、北海道の基幹産業の農業と、高齢社会には欠かせない“健康”とを結びつける、遠大なテーマで、しかも実験、研究をベースにした地道なものであった。

程なく、佐渡は北海道で第一号の正式なバイオベンチャーとして認可を受ける。それが、バイオドゥ北海道バイオインダストリーである。濱田のエアドゥと共に励ましあいながら、軌道にのせようと頑張ってきた。そこへ、突然の濱田の訃報であった。両輪の「ドゥ」は消滅した。

遺志を継ぐ意志

しかし佐渡は、この「ドゥ」を続けること。これが何よりの弔いであると一念発起。以前にも増して精力的に事業に取り組んだ。それも、北海道の農業の可能性、経済活性化をを目的として取り組んだもので、「永久に住むところづくり」にブレはなかった。そのようななか、西村が他界した。ショックではあったが、今の佐渡は怯んでいられなかった。

次への挑戦は始まっていた。

夢の形、コンディショニングフード

北海道バイオインインダストリーで始まったのがコンディショニングフードの開発だ。体調を管理する食品という画期的な挑戦である。まずはじめに、グルメ志向に応えながらも身体にいいものとして、スイーツの開発にとりかかった。植物性乳酸菌、自社製ヤーコン、そして、亡き西村のケーキづくりの技術によってである。佐渡にとって、これが三人の夢の入口に思えてならない。

そして、「永久に住むところづくり」の第一歩に違いないと確信している。

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開発

コンディショニング・スイーツ、チーズケーキ「HA-RU」の開発に当たっては、北海道素材を用い、 学術・研究機関や食品製造の専門家、エキスパートが新たな試みとして参加し、様々な研究・検証 或いは試作を繰り返し、完成をみました。

開発プロジェクトと販売チャンネル
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美容と健康 機能

おいしい(老舗菓子メーカー ニシムラ) ヘルシイ(発酵豆乳とヤーコン) 北海道らしい(植物性乳酸菌ホッカイドウ株 ヤーコン )
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